大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和28年(ネ)190号 判決 1953年5月09日

控訴人 原告 長江英雄

訴訟代理人 諫山博

被控訴人 被告 大牟田市農業委員会

訴訟代理人 水町新三

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す、被控訴人が昭和二十七年六月十六日控訴人に対しなした農業委員の資格喪失の決定を取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」という判決を求め被控訴代理人は主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述並に証拠の提出援用認否は、控訴代理人において、(一)原判決二枚目表二行に「同所二〇八〇番地」とあるのを「同所二〇八〇番地の五」と、同二枚目裏五行目に「黒崎開字五一番地」とあるのを「大字黒崎開字五一番、二五四六番地」と各訂正し、(二)大牟田市大字岬字山開二七一一番地の畑(土地台帳の登録面積五畝十五歩。実測面積二百九十一坪三勺余)の耕作名義人は訴外山本ユキ子であるが、実際は控訴人が本件農業委員選挙に立候補するより遥かに以前から自己の計画と計算に基いて耕作しているのであるから、右農地の面積も控訴人の耕作面積に算入すべきである。(三)仮に右二七一一番地の畑が控訴人の耕作農地ではなく山本ユキ子の耕作農地だとしても、山本ユキ子は控訴人の配偶者とみなすべきものであるから、同人の耕作面積は控訴人の耕作面積に加ゆべきものである。原判決は控訴人には法律上の妻アサ子がいるから控訴人と山本ユキ子の同居関係は公序良俗に反し法律上の保護に値しないと説示しているけれども、それは実情にそわない判断である。控訴人の妻アサ子は子供を連れて家出したものであつて、控訴人において百方手を尽して搜索したけれども全く行衛が判明しないので、控訴人は山本ユキ子と同居するようになつたのである。控訴人としてはアサ子の生死さえ不明のため正式の離婚手続をとることもできない状態であつて、かような立場にある控訴人とユキ子との同居関係は公序良俗に反するものではなく、ユキ子は控訴人の配偶者とみなして法的保護を与えるのが至当である。(四)以上のとおり二七一一番地の畑は控訴人の耕作面積に加ゆべきものであるから、控訴人の耕作反別は一反歩以上となり農業委員の資格に欠ぐるところはないと補陳し被控訴代理人において、原判決三枚目裏十二行目に「大字黒崎開五一番地」とあるのを「大字黒崎開字五十一番、二五四六番地」と訂正した外、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

理由

控訴人が昭和二十六年七月二十日施行の大牟田市農業委員の選挙に立候補して当選したこと及び被控訴人が控訴人の耕作面積は八畝二十九歩であつて農業委員会法第八条所定の被選挙資格がないという理由で昭和二十七年六月十六日控訴人の農業委員たる資格の喪失を決定し、その頃その旨控訴人に告知したことは当事者間に争がなく、該決定が農業委員会法第十三条によつて市町村農業委員について準用される地方自治法第百二十七条第一項の規定に基いてなされたものであることは成立に争のない乙第三号証によつて明である。

さて農業委員に準用される右地方自治法の条項に「被選挙権の有無」とあるのは市町村農業委員会が同条項による決定をする当時における被選挙権の有無だけを指すものではなく、いやしくも委員の任期中に存する事実に基く以上は既往における被選挙権の有無も包含するものと解するのが相当である。従つて委員の任期中の或る時期に被選挙権を有しないときは、その後被選挙権を有するに至つた場合でも、市町村農業委員会は当該委員の資格喪失の決定をなし得るものといわなければならない。そこで控訴人の委員の任期中における被選挙権の有無について検討するに、成立に争のない乙第二号証の一、二、乙第四号証の一、乙第七号証の一乃至三、乙第十一号証、原審証人奥園与一、同山本ユキ子、同内野孫市の各証言、同松尾吉人の証言の一部と原審における検証、鑑定人草野辰人の鑑定及び控訴本人尋問の各結果を綜合すると、控訴人は妻アサ子が昭和二十一年中無断家出し行衛不明となつたので、その後昭和二十四年五月頃から訴外山本ユキ子と同棲して事実上の夫婦関係を結び、昭和二十五年以来ユキ子が第一次農地買収の際政府より売渡を受けた自作農創設農地である大牟田市大字岬字山開二七一一番地畑五畝十五歩(実測面積九畝二十一歩余)を自ら耕作し、ユキ子は控訴人の該耕作を手伝つている事実を認定することができる。前記証人松尾吉人の証言中右認定にそわない部分は措信することができないし他に該認定を左右すべき証拠はない。

しかし市町村農業委員の選挙権及び被選挙権の要件を定めた農業委員会法第八条第一項第一号に「農地につき耕作の業務を営む者」とは当該農地につき所有権、賃借権その他適法の権原に基き耕作の業務を営む者を指称し、適法の権原に基かない不法耕作者を含まないと解するのが相当である。しかるに前記認定の事実によれば、控訴人は山本ユキ子と事実上の夫婦関係を結び同人の手伝を受けて同人所有の本件二七一一番地の畑を自ら耕作しているのであるから、両者間には該農地について少くも暗黙に使用貸借契約がなされたものとみるべきであるが、その使用貸借による権利の設定について所轄県知事の許可を受けたことについては控訴人において主張も立証もしないから、右使用貸借による権利の設定は当時の農地調整法第四条第一項に違反しその効力がないものといわなければならない。さすれば控訴人は右農地について適法の権原に基き耕作の業務を営む者とは認められないから、該農地は農業委員会法第八条第一項第一号の適用上控訴人の耕作地とみることはできない。なお、農業委員会法施行規則別記第一号様式の記載注意事項4によると、市町村農業委員選挙人名簿調整のための申請書に記載すべき耕作面積は、世帯で実際に耕作している農地の合計を記入するものとし、世帯単位によることになつているが、ここに世帯とは農業委員会法第八条第一項第二号所定の「同居の親族又はその配偶者」からなる生活協同体を指称し、又親族といい配偶者というのは法律上の親族又は配偶者でなければならない(昭和二五年三月二八日最高裁判所第三小法廷判決参照)。しかるに控訴人とユキ子は法律上の親族又はその配偶者ではなく事実上の夫婦に過ぎないから、仮に本件二七一一番地の農地をユキ子の耕作する農地とみても、その農地の面積を控訴人の耕作面積に合算することはできない。

次に控訴人はユキ子所有の福岡県三池郡高田村大字黒崎開字五十一番、二五四六番地田九畝二十七歩及び同所二五四七番地の一田一畝二十四歩の二筆も控訴人においてこれを耕作していると主張するのであるが、控訴人の主張自体によるもこれらの二筆の農地を控訴人が耕作するようになつたのは控訴人が本件農業委員に当選してから十箇月以上も経過した昭和二十七年六月以降のことであるから、該農地はそれ以前における控訴人の被選挙権と関係がないものといわなければならない。

そこでユキ子所有の叙上三筆の農地を除外すると、その他の本件各農地に関する控訴人の主張を仮にそのまま是認しても、昭和二十七年五月以前の控訴人の耕作面積は一反に満たないこと明瞭であるから、控訴人は市町村農業委員の被選挙権を有しないものといわねばならない。従つて被控訴人のなした本件資格喪失決定は結局正当であつて、該決定の取消を求める控訴人の本訴請求は失当として排斥を免れない。

そこで右と同旨の原判決は相当であつて本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三百八十四条第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判長判事 森静雄 判事 竹下利之右衛門 判事 中園原一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例